リレーコラム 第16回:上松範康さん(Elements Garden)

10周年・・・。思い出と言うにはあまりに濃密で、
歴史としてしか語れない佐藤ひろ美物語。

いまこのコラムを、僕は書いては消して、書いては消して・・・。

美少女ゲームの歌を、本名で歌うというパイオニア。
歌にすべてを捧げて来た、アーティスト「佐藤ひろ美」の10年を文章で語るには、
国語の成績がオール2だった僕には、ちょいと荷が重いです。

深呼吸をひとつ・・・。

思い返すと、僕は佐藤ひろ美物語の一番最初のページ、
デビュー曲「シールド」のレコーディング現場で出会いました。

「崩れていく・・・時間の中で・・・」

レコーディングのまさに一発目。
緊張の第一声を聴いた時、僕は驚きました。

「すごく透明で壊れそうな繊細な唄声」

なんていうか、歌唱力やピッチ感など、
そういった所にまず耳がいくはずなのに、
「唄声」という所に強く心を奪われました。

僕自身「シールド」が人生初の歌曲の作品。
そこから、今までで作った曲はBGMも含めて3000曲くらい。

数々のレコーディングを経験した今でも、
あの「シールド」のイントロが終わった後、
佐藤ひろ美が歌い出したあの瞬間の
スタジオの匂いとか、湿度や熱。
ちょっと汗ばんだ手を、さっき起こった事のように、
思い出せます。

それぐらい、色あせずに心に残っている時間って、
人生であんまりないと思いません?

そんな演出を、佐藤ひろ美は「唄声」で僕に魅せてくれました。

そこから彼女は大ブレイク。
数々の歌で、佐藤ひろ美はこの業界を盛り上げて行きました。
何百曲と彼女の歌が、美少女ゲーム業界を支えてきました。

でも、彼女の中には一つトラウマがありました。
歌う度にちょっとずつちょっとずつ、
心にひびが入って行きました。
それは「歌唱力」という部分の自信のなさ

なんどもなんども「私歌が下手だ・・・」と
涙混じりに相談を受けました。

僕自身もレコーディングのディレクション時に、
ピッチだったり、タイミングだったり、
よく叱った事がありました。

その度、泣いて泣いて、
彼女はトラウマを心の中で大きくしていきました。

いっとき体重が30キロ台になったのも、
その悩みが大きかったんだと思います。

いつだったか、歌う時に彼女は笑わなくなりました。

僕自身も、音楽を作る以上嘘を付きたくなかったので、
「そんなんじゃ、音楽にならないよ・・・」と言い続けました。

そんな中、その状況をいつも救ってくれる場所がありました。
それは「ライブ」です。

ファンが求めてくれる。
ファンが声を張り上げてくれる。

どれだけ彼女を救ってきたか。
どれだけ彼女に笑顔を作ったか。

彼女の物語は、彼女が作ってきた?
僕らが作ってきた?
美少女ゲームが作ってきた?

・・・いいえ違います。

佐藤ひろ美物語は「ファン」が作ってきたんです。

あのライブでの笑顔を佐藤ひろ美にさせるのは、
僕らでは無理なのです。

そんな佐藤ひろ美が、次の10年をまた始めようとしています。
ファンに出来る恩返しをしたいと思っています。

僕は信じます。あのデビュー曲の時の感覚、
今だからこそ貴重だったとわかるあの瞬間を、
あの時心が震えた「唄声」を次の10年、空に響かせたいです。

「ありがとう」という言葉で終わろうと考えていたのですが、
その言葉は次なる10年後にとっておくコトにします。

だって佐藤ひろ美があと10年歌うというのだから。

新しい佐藤ひろ美物語の始まりを心から祝して・・・。

feelでありElements Gardenまた、共に10年を歩んだSoul Friend 上松範康より

プロフィール

上松範康:アニメ・ゲームを中心に楽曲を制作・提供する作家チーム「Elements Garden」の代表。「カナリア」「祝福のカンパネラ」等多数の作品を手掛ける。