年代別コラム 第4回:2003年編

~たくさんのアーティストとの出会い~

2003年は本当に忙しくなっていった時期で、歌もたくさん歌わせていただきました。お仕事の幅も一気に広がっていったんですけれど、それを全部お話ししていると大変なことになっちゃいますよね。なので、いくつか大きなターニングポイントになった出来事をお話ししたいと思います。

まずはセカンド・アルバムの『SugarKiss』。1月22日に発売されたんですが、本当に嬉しかったですね。だってアーティスト活動をしている人は多いですが、アルバムを1枚出すのも本当に大変なんです。そんな中で2枚目のアルバムが、キングレコードという大手レーベルから出せる! ジャケットも自分の写真が使われて、本当に転がって喜びましたよ(笑)。
それまではCDが出たりイベントで歌わせてもらったりしても、自分の意識の中ではゲームの音楽スタッフの一人で、PRのお手伝いをしている意識だったんです。でも、このアルバムを出すことになって、アーティストとしての自分というのを意識するようになりました。もちろんゲームのお仕事をさせていただくときの取り組み方は変わっていないんですけど。
『SugarKiss』にはオリジナル曲が4曲入っているんですよね。『SugarKiss』は私が作詞をして、他の4曲もテーマは自分で出しました。それぞれ作曲者さんの個性がはっきり出ていて、素敵な曲ばかり。今も大好きな歌ばかりです。
それとね、『SugarKiss』にはたくさんのゲームソングが収録されているんですけれど、曲の方向性は多種多様。それだけ色んな曲を歌わせていただけたってことなんですが、アルバムにまとめると散漫すぎちゃうんです。なのでオリジナル曲は「四季」をテーマに、春夏秋冬の曲を揃えて、要所要所に収録しています。オリジナル曲があるので、バラエティー豊かだけれど、まとまりもあるアルバムになったんじゃないかな。
レコーディングは大変でした。2002年冬に収録したんですけれど、ものすごく忙しい時期だったんです。しかも結核から復帰して体力が戻りきる前に忙しくなっちゃって、実は4~5年は体調が良くなかったんです。
でもせっかくのセカンド・アルバム。できるだけ時間をかけて、じっくり制作に取り組みました。あの頃、一緒に仕事をしてきた仲間たちと全員で作り上げたアルバム。自分でも思い入れのある1枚です。

2003年はテレビアニメの主題歌を初めて歌わせてもらった年でした。最初はKOTOKOちゃんとデュエットした『Second Flight』。『おねがいツインズ』の主題歌ですね。
実はこのお仕事が決まる前に、河辺さんと上松さんと3人で、I’veさんに遊びに行ったんです。同じ業界で活躍されている音楽チームが北海道にあると知って連絡をしたら「遊びに来てください」って誘われて。そこでKOTOKOちゃんに初めて会ったんです。KOTOKOちゃんは私と身長も同じくらいで、本当に素敵な女の子で、すぐに意気投合しました。でも、その時は一緒に遊んだだけだったんですよね。
その後、『おねがいツインズ』の主題歌をI’veさんで担当することになって、KOTOKOちゃんが歌うことになったんですが、「ツインズなんだからデュエットしたい。ひろ美ちゃんがいい」って言ってくれたらしいんです。それで声をかけてもらいました。
レコーディングは北海道のI’veさんのスタジオ。もっと緊張するかなと思っていたんだけどアットホームな現場で、リラックスして歌えました。KOTOKOちゃんや高瀬一矢さんも楽しい雰囲気を作ってくれたし、私も北国出身で話し言葉が近いのもあって、田舎に帰ってきた感じ。本当に楽しい現場でしたし、貴重な経験でした。
KOTOKOちゃんとは今でも仲良し。お互い忙しくなっちゃったけど、応援しています。シンガーとしても素敵な歌を歌うし、作詞家としても素晴らしい歌詞を書く人。これからも一緒に頑張っていきたいと思っています。

ソロで初めて歌ったアニメソングが『GiriGuri』。『グリーングリーン』のTVアニメ主題歌です。実は私が主題歌を歌うと聞いてびっくりしたんです。だって『グリーングリーン』のゲーム主題歌はNANAさんだったし、キャラソングもたくさんのシンガーが参加していて、その中で私は実績も実力も一番下だったんですから。
曲はいかにもmilktubさんという元気いっぱいのロック曲。でも、その当時はあまり声を張ったロックソングは歌っていなかったんです。むしろバラードのような、しっとり優しく歌う曲が多くて「エンディングの女王」なんて紹介されていたくらいだったんです。
だから『GuriGuri』を歌うと決まってから、ガールズロックをたくさん聴いて、声の出し方から勉強し直しました。『GuriGuri』から主題歌や元気な曲を歌うことが増えて、それが『Angelic Symphony』に繋がっていったんです。
初めてテレビから曲が流れた時は、事務所のみんなと見ていました。感想は……実はオープニングのアニメが衝撃的すぎて、曲が全然聴けなかったんです(笑)。みんなで「ギャーッ」って言ってて。やっぱり『グリーングリーン』はおっぱいとお尻とは切り離せないんだなって思いました(笑)。

この年の大事なトピックはもうひとつあります。そう、『G.L.S.』。YURIAちゃんとyozuca*と一緒にやったラジオですね。
この番組、最初はゲストで呼ばれたんです。yozuca*とは、その時が初対面だったんですけど、すぐに波長が一緒だと感じたし、シンガーとしても同じ匂いを感じました。歌を歌いたくて東京に出てきて、運命的なメーカーさんに出会って、という境遇が似ていたからかもしれません。
YURIAちゃんとは私がデビューした時からのお付き合い。私にとっては大先輩で、困った時は何でも相談できる人なんです。
3人が最初に会ったのは、『G.L.S.』の最初の打ち合わせで、その時からにぎやか過ぎる現場でした。打ち合わせから週録終りまでずーっとおしゃべりしていて、終わってからも3人一緒にご飯に行って。スタッフや取材に来た人が呆れるくらいだったんだけれど、その楽しさが番組にも反映されていたのかな? 学校に行っているような感覚で、収録の日が待ち遠しかったのを覚えています。
私にとっては初めてのラジオ・パーソナリティーで、手探りでしゃべっていた感じもありました。だから3人でできたのは良かったと思います。でもきっと、パーソナリティーであることを意識していたのはYURIAちゃんだけだったかも(笑)。同級生なんだけれど、YURIAちゃんがしっかり者のお姉さんで、私たち二人がやんちゃな妹って感じでした。
『G.L.S.』はウェブラジオから始まって、地上波ラジオにまでなりました。遠くから一所懸命聴いてくれる人もいて、そんなみんなの応援もあってCDも出せた。今も3人が集まると、もう一度『G.L.S.』をやりたいねって話になるんです。本当に想い出深くて大切な時間でした。

こうして2003年を振り返ると、本当にたくさんの出会いがありました。特に歌い手仲間が広がった1年でしたね。事務所に所属して、アーティストとしての活動に専念できたからこそ、たくさんの仲間と出会えたんだと思います。それが今の仕事に繋がっているんだと思うと、この年も大事な1年だったんですね。