主人公が、軽音楽部に入部し、ちょっと風変わりの仲間たちと学園祭のライブを目指す物語。
「まず、その設定に共感したんです。私も高校時代にバンドを組んで、学園祭でオリジナル曲を演奏したりしました。そしてそういう中で恋もした。山川さんの描きたい物語は、そうした青春物語であって、エッチがメインじゃないということでしたから」
 むしろ、自分がデビューする作品がバンドものであることに運命を感じた、と佐藤ひろ美は振り返る。
「レコーディングは緊張しました。ちゃんとしたスタジオでの録音は初めてだったから。でも仕事はしやすかったです。山川さんが「音楽に力を入れたい」という熱意をもっていて、音楽チームもそれに負けない熱意で応えていました。そういうチームの一員でいられる喜びもあったし、歌いやすい環境づくりをしてくれているのが伝わってきて嬉しかったです」
 順調なレコーディング。しかしゲームは音楽を収録してから発売まで時間がかかることが多い。
「どんな形で世に出るのかというワクワクもあったけれど、受け入れてもらえるのか、次につなげていけるのかという不安もありました」
 しかし『カナリア』はセールスも好調で、山川プロデューサーの狙い通り音楽への評価も高かった。この評価に、「音楽制作チームの一人として嬉しかった」と佐藤ひろ美は振り返っている。

『カナリア』はプロモーションとして、イベントでライブ演奏も行った。場所は池袋。佐藤にとっては、初めてPCゲームファンの前でのライブだった。緊張してファンの前に立った佐藤。演奏後のファンの拍手は、熱のこもった温かなものだった。
「あのときの感動は今でも思い出せます。バンド時代は望まれないステージが多くて、歌っていて傷つくことばかりだった。でもあの時のステージは、ものすごく温かくて優しい空気に満ちていたんです。歌にのせた想いが届いて、そして気持ちが返ってくる。こんなことができるんだと嬉しかったです」
 ステージで歌える喜び、ありがたみを感じることができたステージ。東京に出てきて10年間、辛い思いばかりしてきたから、それを感じることができたと笑う。
「一緒に仕事をしたメンバーが、自分が音楽にかけるのと同じくらい熱い思いをもっていた。そういう人と仕事ができた喜び。デビューしたばかりの私を、温かく迎えてくれて、歌に込めた想いを受け止めてくれるお客さんがいる。その嬉しさ。それがあったから、直後に結核を患って半年間休んだ時も、復帰できたんだと思う。それがなかったら、きっと実家に帰っていました」
 その言葉にウソはないだろう。半年間、歌の仕事を続けるために勉強を続け、見事に復帰。ねこねこソフトやTacticsなど、新たなメーカーとの仕事が舞い込んでくる。
「『カナリア』ではバンド・サウンドだから今まで経験してきた音楽でしたが、『銀色』の『こころのゆくさき』や『すいすいSweet』の『Sweet Kiss』は、今まで歌ったことのないタイプの曲。新しい音楽を歌えるのもプロだからなんだなあと思いながら、一生懸命チャレンジしました。楽しかったですよ」

 一生懸命歌に取り組むうちに、あっという間に過ぎていったデビュー1年目と2年目。この時期に知り合ったメーカーや音楽関係者とは、今も良好な関係を続けている。
「PCゲーム業界でデビューしたばかりの頃に出会った人が、みんないい人ばかりでした。音楽やものづくりに真剣に、真正面から取り組める人たちばかり。そういう人たちと出会えたから、10年間も歌い続けてこられたんだと思います。デビュー前の辛い10年があったから、そういうありがたみを素直に受け止めることもできた。今思えば、その時の感謝の気持ちが10年間を支えてくれたのかな。幸せな10年間の始まりだったと思っています」