年代別コラム 第9回:2008~2010年編

 株式会社Sを立ち上げた理由はいくつかあります。そのなかの一つが、私を育ててくれた美少女ゲーム業界に恩返しをしたいということ。じゃあ私が恩返しをするとなれば何ができるのかと考えたとき、やはりアーティストを育てて音楽面から業界を盛り上げていこうと考えたんです。これまで10年間、ゲームやアニメ業界で歌わせていただいて、私はたくさんの幸せを感じることができた。ならば今度は、同じように幸せを感じながらアニソンやゲームソングを歌い続けられるシンガーを育てることが、私の恩返しだと考えたんです。

 それと、会社を立ち上げる前も、いろんなアーティストの話を聞いて、相談にも乗ってきました。でも自分も同じシンガーという立場だと、アドバイス以上のことはしてあげられないんです。でも自分が会社の社長となれば、もっと積極的にお仕事の部分でサポートしてあげられる。私のこれまでの活動の中で得た経験や知識を、もっと具体的に伝えてあげられる。そういうことも、Sを立ち上げた理由です。
 もちろん最初は不安もありました。でも、それ以上に「やりたい!」という気持ちが強かった。実はアーティストのマネージメントのような裏方の仕事は、2003年くらいからやりたいと思っていたし口にもしてきました。でも言うだけじゃダメ。まず自分の本気を周囲に示すためにも会社を作る必要があったんです。誰かプロデュースできるアーティストがいたわけじゃないし、仕事も決まっていませんでした。でも、ここで頑張って信用を得ていけば何とかなる! 何とかならなくてもやり直せる!って始めちゃったんです。

 もちろん最初から全てが順調ではありませんでした。特にアーティストのプロデュースは、失敗したりすれ違ったり。せっかく歌うなら、アニメやゲームの業界を好きになってほしいし、作品を愛してほしい。そこがちょっと違っていた子もいました。
 私がアーティストを見るとき、プロとして最低限の技術があるのはあたりまえ。音程が正しい、リズムが正確というのは当然の技量なんです。だからそれを持った上で、歌への情熱があるか、周りの声や思いを受け止め、それを伝えられるかが大事。そういう原石を持った子たちを探して、エモーショナルなものをちゃんと伝えられるように鍛えていきたいんです。
 私自身、歌だけでなく作品に込められた思いをちゃんと受け止めて、それを聴く人に届けられるようなシンガーを目指してきました。だから、そういうアーティストを育てたいし、私が目をかけた子にはそこを理解してほしい。だってシンガーって自分の歌で誰かの人生に大きな影響を与えられる存在だし、その力がなければ応援もしてもらえないんですからね。

 そんな中で出会えたのが飛蘭。実は彼女とは以前から知り合いだったんだけど、事情があって歌を断念していたんです。そんな彼女と久しぶりに出会ったとき、「それでも諦められない。歌いたい」という話を聞いて、まだ実績も何もなかったんだけれど「わかった。任せなさい!」って言っちゃったんです。本当に素敵な歌声だったから、やめちゃうのはもったいないなって思っていたし、彼女の「歌いたい!」っていう情熱が本気だと感じられたから。
 その後の飛蘭の活躍は皆さんもご存知のとおり。素敵な楽曲やスタッフさんにも恵まれて、大きく羽ばたいてくれました。何より嬉しいのが、周囲の人達の想いをちゃんと受け止めて、それに応えてくれていること。まだまだ大きく育ってくれるアーティストだと想います。
 今思えば、これまで何度か失敗しながらも経験を重ねてきたところに飛蘭と再開できたのは運命的だと想います。そして飛蘭と出会ってから、才能のある子たちにどんどん出会うようになりました。来年以降もどんどん素敵なアーティストを送り出せると思いますので、期待してほしいですね。

 アーティストのプロデュースや楽曲制作の仕事が回り始めた2008年以降なんですが、実は私自身のアーティスト活動も順調に回っているんです。アニメの曲が一段落するとゲームの歌が入ってきたり。なんだかんだで歌わせていただいています。2008年にはアルバム『メリーメリーゴーランド』もリリースできましたし。
 最近では「学生の頃、佐藤さんの歌を聴いていました」というメーカー関係の方からお仕事をいただくこともあります。Whirlpoolさんやあっぷりけさんのような、新しいメーカーさんからのお仕事もありましたね。
 そうそう、実は今度Sに始めて男の子のシンガーが所属するんですけれど、実は私のファンだった子なんです。「中学生の時に『みずいろ』を聴いて以来ファンです」って、わざわざ訪ねてきてくれたんです。こういう出会も10年間活動してきたからなのかなあ(笑)。そういえば、私のファン同士で結婚した人たちもいました。そのうち「お父さんとお母さんが佐藤さんのファンでした」って人も出てくるかな。ちょっと楽しみですよね。
 そして、そんな10周年となる今年、萌えゲーアワード2010で、主題歌賞のユーザー投票1位と金賞をいただきました。節目の年に、私を育ててくれた美少女ゲーム業界の賞をいただくなんて、なんかできすぎな感じですけど本当に嬉しいです。10年歌い続けてきたご褒美なのかな。

 そして今年、10周年記念のベストアルバム『SkyBlue』と『EverGreen』をリリースすることができました。2年間動かしてきた『NEXT DICADE』というプロジェクトは、私の描いたように進めることができた。充実した幸せな2年間が結実したのが、この2枚のベストアルバムだと思います。
 ベスト盤を聴いて思ったのは、私の曲は名曲が多いなあってことです。素晴らしい楽曲を作れる作家さんたちと一緒にお仕事をしてきたことを、改めて実感しました。この業界には、こんなに素敵な作家さんがいることを、ぜひアルバムを聞いてくれる人には知ってほしいです。
 そして私の10年間を支えてくれた仲間たちと一緒に作ったのが『青空』のPV。実はランティスの斎藤滋プロデューサーが、「佐藤さんは普段の笑顔がいい」って言ってくれて、それをテーマにPVを作りましょうという話になったんです。それでこの10年間のお友達を集めて、みんなでニコニコできるPVを撮影することになった。実は『青空』という曲は、あのPV企画が先にあったんです。明るくてほっこりできる簡単な歌。タイトルも「『SkyBlue』に収録するから『青空』だな」みたいな感じで決まりました(笑)。
 あのPVを見ても分かるように、私には本当にたくさんの素晴らしい仲間がいました。ひとりじゃなにもできない。社長である私を支えてくれるスタッフや、シンガー佐藤ひろ美を支えてくれるエレガのメンバーやたくさんの作家の方々、そしてメーカーさん、レコード会社の皆さんにファンの皆さん。そんな沢山の人達に支えられた10年間なんです。何度思い返しても、そこには感謝しかでてこない。そんな10年間でした。
 思い返せば、サティアグラハのアルバムを手伝ってくれた方のお手伝いで参加したコミケで、フロントウイングの山川竜一郎社長に出会ったのが、デビューのきっかけでした。感謝で始まって、感謝で幕をおろしそうな10周年。「ありがとう」の気持ちの連鎖が、私の10年間だったんですね。なんか私らしい10年だったなあって思います。

 そして11年目以降も、まだまだ私の活動は続きます。どんな歌を歌えるのか楽しみですが、そんな中で2008年にリリースした『アンバーワールド』のカップリング曲『生きる』は、ひとつの方向性を見つけられた歌だと思っています。
 あの曲は池田森くんというフォークシンガーの歌なんですが、これからどんなふうに活動しようと悩んでいたときに初めて聴いて、大きな衝撃を受けました。聴いた人の生活にそっと寄り添って、「明日も頑張ろう!」と思えるような歌。そんな歌、そんな思いをこれからは伝えていきたいと思います。
 それと『生きる』を歌う前から、何人もの人に「佐藤さん、弾き語りで歌うスタイルが合っているんじゃない?」と言われていたんです。『生きる』を私はピアノで歌っているんですけれど、池田くんはギターで弾きが立っています。ギターの弾き語りだと、私一人がギターを持って、いろんな場所で歌えますよね。やりたいと思っていたことの一つを見つけた感じです。いまギターを練習中です。なかなか上手くならないんですけど、引けるようになる日を楽しみにしていてくださいね。

 12月12日のライブは、命がけで楽しいステージをお届けしたいと思います。10年間、ファンの皆さんは精一杯応援してくれて、本当に感謝しています。佐藤ひろ美というアーティストはファンの皆さんに育ててもらったんです。一所懸命応援してくれるから、私も上手くならなくちゃって頑張ってこれました。これまらもファンの皆さんが「応援していてよかった」と思えるアーティストでいたいと思います。
 そしてメーカーさんも10年も使い続けてくれることに感謝ですね。これからは、10年間頑張らせてくれたことへの恩返し。「10年間、歌い続けてきて幸せだ」っていう私のようなアーティストを育てていきたいです。