佐藤ひろ美 半生記 第6回:見つけた自分の居場所とやるべきこと

 PCゲーム『カナリア』でデビューした佐藤ひろ美。しかし、ようやくここからという時に体調を崩してしまう。結核だった。デビュー直後に半年に及ぶ休養期間。しかし心は折れることなく、むしろ歌への想いをより強くすることになる。
 「もちろん結核は死ぬような病気ではないんですが、大きな病気をして休養しなければならなくなって、自分を見つめ直すことができた。その時に、何があっても歌だけはなくせないと思いました。生きていれば、いつ何があるかわからない。そんな中で何が自分を支えているかを考えたら、歌しかないって改めて気付いたんです。自分を見つめ直した時、歌だけを一生懸命歌い続けていこうと」
 そう考えられた原因の一つに、池袋での『カナリア』PRライブ・イベントでの経験もあった。それまでPCゲーム業界ではあまり例のなかったライブ・イベント。今とは違い、歌っている時に大きな反応はなかった。
「でも、歌を聴いてくれているみんなの目がキラキラしていて、真剣に聴いてくれているのは分かりました。私の歌が届いているのを感じることができた。ステージで歌って、初めて「求められている」と感じることができたんです」
 この日のライブは、ステージはなく、集まったファンと同じフロアにテープでスペースを囲ってのもの。バンドでの演奏とはいえ、これまで経験したことがないような厳しい環境で歌った。けれど、そんな些細なことは一切気にならなかった。聴いてくれている──それを感じられたから、一生懸命に一人一人に届くようにと歌った。歌声が届き、そして聴いてくれた人たちの想いが返ってくる。そんなキャッチボールを実感できた。
 小さくない手ごたえを感じながら歌い終わった時、それまで座って聴いていたオーディエンスの一人が立ち上がる。たったひとりの拍手が響く。
「あのときの感動は一生忘れられないでしょう。あの瞬間のことを、今でも思い出します。彼の拍手で、「ここが私の居場所なんだ」「ここで歌い続けていこう」と心に決めたんです。あの日のイベントが、そしてあの時の拍手があったから、その後病気で休養していた時にもくじけることがなかったんです。そして10年間も歌い続けてこられました」
 いま、佐藤ひろ美は若手アーティストをプロデュースしている。すでにデビューを果たし、ファンからの支持も集めている飛蘭やμを始め、将来を嘱望されるアーティストに、必ず伝えること。それがこのライブで感じ、休養中に考えたことだ。
「私たちの歌を、ファンの方は心から愛してくれます。だからシンガーは強い思いを込めて歌わなければいけないし、届けなければいけない。それが届いた時に、またファンから想いが返ってくる。そういう想いと歌のサイクルを感じながら歌ってほしいんです。そのことはS所属のアーティストに伝えていきたいと思っています」

「歌だけを一生懸命歌い続けていこう」──休養中に準備を進めていた佐藤ひろ美。そんな彼女に、復帰後もねこねこソフトやTacticsなど人気ブランドからの仕事が舞い込む。そしてファーストアルバム『Looking for sign』発売。PCゲーム『みずいろ』PRイベントのミニライブにも人が集まり、キュアメイドカフェでの初めてのソロライブには、店内いっぱいのファンが集まった。
「最初はスタジオミュージシャン的な活動をゲーム業界で考えていたので、私自身が前に出るなんて思ってもみなかった。だから「佐藤ひろ美ファン」なんて言われてもビックリするだけでした。でも求められると答えたくなる。サービス精神旺盛なんです(笑)。音楽だけでなく佐藤ひろ美自身を応援してくれるなら、その気持ちに応えたいと思って、ステージでの歌はもちろん、MCなども頑張ろうと思いました」
 実はこの時期、もうひとつ大きく変えていったことがある。
「実はそれまでお化粧が嫌いで、スカートも苦手。でもゲームの主題歌や挿入歌を歌うということは、歌で作品の世界を伝えるということですよね。そのためにお化粧も勉強したし、服も全部変えました。ゲームファンの人たちってどんな服装が好きなのかな?と悩んだんですが、ゲームのパッケージを見るとわたしみたいに小さな女の子がかわいい格好をしているでしょ。それを参考にしたりしたんです。あとはコスパの松永会長に相談したり(笑)」
 先輩などいない業界で、活動は手探り状態。それでもひたすらに頑張った。
「バンドメンバーや古い友達には「変わったな」って言われたけど、私自身は変わってないんです。ただ頑張る場所を見つけただけ。そのきっかけはファンのみんなや関係者の皆さんとの出会いなんです。その出会いの中で、自分が何をやりたいのかが見えました」
 自分が「生きている!」という実感。それまでフラフラしていた自分の足元が固まったと感じた。イライラしていた自分が変わっていった。
「求められ、認められるって、やっぱり嬉しいことなんです。小学生の独唱大会で優勝して「私は歌の世界で生きるんだ」と決めてから、初めて周囲から認められた。もちろんこの時はまだまだ駆け出しでしたけど、そういう人たちが周りにいてくれたからこそ、頑張ってこれたんです」
 こうして佐藤ひろ美のアーティスト第2章とも言える時期が幕を開ける。そしてこの時期の活動が多くの人との出会いを生み出し、そしてたくさんの人たちへポジティブなパワーを与え続けることになる。