年代別コラム 第1回:2000年編

 私のデビューからこれまでを、1年ずつお話しするというこの企画。デビューは2000年なんですけど、そのためには1999年のお話もしなくてはいけませんね。
 その当時、私はサティアグラハというバンドをやっていました。1990年に上京してきて、バンドを始めたのが92年。でも、バンドも7年も活動して芽が出ないと、メンバーのモチベーションも下がっちゃうんです。
 私も29歳になっていました。それでその1年は、とにかく頑張ろうと思ったんです。それでダメなまま30歳になっちゃったら実家に帰ろうと決めた1年でした。
 その頃、ちょうどアニメソングが盛り上がっていた頃で、自分の声質を考えた時に向いているんじゃないかな?と考えていました。友達の声優さんに相談したりもしたし。そんなとき、光画堂で音楽を作っている人がサティアグラハの音楽を気に入ってくれて、アルバムをプロデュースしてくれることになりました。そして完成したCDは、その人が毎年参加しているコミケのブースで販売してくれるということになって。もちろんお金はお支払いできないので、代わりといってはなんですが、売り子のお手伝いをすることにしました。1999年冬のコミケです。
 コミケなんて名前しか知らなかった私は、寒さに震えながら周りを見て驚いていました。出展しているみんなが、一所懸命なんです。自分が大好きなことを、真剣にやっている。まだまだ「オタク=かっこ悪い」というイメージがあった時代です。正直言うと、私も甘く見ていました。でも参加している人たちを見ると、「私たちなんか全然一所懸命じゃなかった。もっとかっこわるいじゃん」と思うようになって。
 その時、大学生くらいの男の人が近づいてきました。それぞれのブースで試聴しているらしく、私にも「これ、聴いていいですか?」と尋ねてきたんです。その人は私たちのCDをじーっと聞くと、「いい歌ですね。誰が歌っているんですか」と訊きました。
その時、私はいっぺんに舞い上がっちゃったんです。いい歌だなんて、ほめられるとは思わなかったですから。「私です、歌っているのは私!」って盛り上がっちゃって。男の人は、正直引いていたと思います(笑)。そこで少しお話ししたんですが、「僕は大学生なんですが会社でゲームを作っています。その作品で歌ってくれる人を探しているんです」と言って、名刺をくれました。それがフロントウイングの山川竜一郎さんだったんです。その時は名刺をいただいて、山川さんはCDを買って、それで終わりでした。

 それからしばらくして、ブースを出していた方経由で山川さんから連絡があって、お会いしました。山川さんは「実は世の中ではエロゲーと呼ばれるジャンルで、エッチなゲームです。それでも良ければ、ぜひ歌ってほしい」と言っていただきました。私は企画書を読ませていただいたんですが、物語は恋愛もので感動的なストーリー。登場人物もかわいい。なによりバンドものというのがいいじゃないですか。確かにエッチな絵はあるけれど、愛し合っちゃったら抱きしめたくなるのが普通ですよね。とにかく物語に共感しちゃって、ぜひ歌いたい!って思ったんです。
 なにより、自分の歌声が認められたのが一番うれしかった。山川さんはコミケで、私の容姿や他の情報が一切ない中、歌声だけで「いいですね」と言ってくださった。
 そして、いただいた歌がPCゲーム『カナリア』の『シールド』という曲。レコーディングは2000年の1月か2月だったと思います。スタジオに行くと、二人の男性とお会いしました。その二人がディレクターの虻川治さんと、『シールド』を作曲した上松範康くん。思えばこれが運命の出会いだったんですね。上松くんは、「歌ものを作曲したのは、これが初めてなんです」って言ってました。二人とも私が緊張しないように色々気を使ってくれて、本当に優しかったんですよ……このときだけは(笑)。
この年は、色々と初めてがありました。ゲーム系のイベントで初めて歌ったのもこの年。池袋でのイベントで、50人くらい集まてれたと思います。YURIAちゃんがベースを弾いてくれて、『シールド』を歌ったんですが、みんなが集中して聴いてくれているのが分かるんです。手拍子をしてくれる人、小さくリズムを取っている人、聴き方はそれぞれなんですが、集中して聴いていてくれる。こんな風に自分の歌を聞いてもらった経験がない私は、ものすごく感動しました。そんな中、一人の男の子が立ち上がって手拍子をしてくれたんです。その瞬間に私はゲームファンのみんなに一目ぼれしちゃいました。自分の好きなものに、ここまで一所懸命になれる。涙が出そうになりました。

 2000年は、『シールド』以外にねこねこソフトさんの『銀色』と、タクティクスさんの『すいすいSweet』を歌わせていただきました。『シールド』を聴いて、声をかけていただいたようです。この3曲は、全部楽曲の方向性が違うんですよね。『シールド』はバンドサウンド、『銀色』の主題歌『こころのゆくさき』は全編ファルセットという自分でも初体験の曲、そして『すいすいSweet』主題歌『Sweet Kiss』はアイドル風アニメソング。全部違う楽曲だったのは楽しかったし、自分のその後も決めました。私はゲームソングを歌う時、まるでキャラが歌っているような声で歌おうと考えていたんです。演技のできるシンガーというか、その作風に合った歌い方ができるシンガーを目指したんです。
 その1年目に方向性の異なる3曲を歌うことができたので、その後も様々な歌に出会えるようになったと思っています。もし『シールド』のあと、何曲か談度サウンドが続いたら、きっと今とは違う佐藤ひろ美になっていたと思うし、10年間も歌い続けていられたかわからない。だって『シールド』のお仕事をいただいた時、もう表舞台で歌うことはないと思っていたんです。スタジオで歌う楽しさや難しさ、やりがいも感じたし、このままスタジオで歌うシンガーになろうと思っていた。
それが10年間で5枚もアルバムを出せて、たくさんのステージに立つことができた。自分でもびっくりですよ。本当にありがたいと思っています。
 そして、さあこれからというときに、私は結核になってしまい、半年間の仕事ができなくなってしまいます。この時のことと、2001年のお話は、また次回。


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